
1448年、グーテンベルクにより、新しい印刷術が発明されました。その結果、それまで手で書き写していた本が印刷機で大量に印刷されるようになり、教会では、キリスト教普及のため、聖書を印刷し、人々に読ませました。この頃には、字を読み書きできる商人たちが増え、本を読む人は修道僧や学者ばかりではなくなると、メガネも一般の人々にどんどん普及していきました。
メガネを使う人が増える一方、メガネを作る職人もまた増えていきました。ヴェネチアの厳しい掟を破り、高い給料で他国でガラス作りを始めた職人たちです。
彼らは、メガネ専門のガラスを作る人、ガラスをレンズの形に切って磨く人、枠を作りレンズをはめる人、という分業を始めたのです。分業により、早くたくさんのメガネを作ることができ、ますますメガネは普及していきました。また、日本にメガネが渡ってきたのはこの時代のことです。
このころ、老視のほかに近視のメガネが発明されました。1525年、イタリアの有名な画家ラファエロが描いた『法王レオ10世』の法王が持っているメガネは、光の反射具合から、近視用の凹レンズであるといわれています。
つまり、この頃には凹レンズの近視用メガネが発明されていたことがわかりますが、その発明者は誰であるかは、未だに分かっていません。