

まずは江戸全体の土地の利用のされ方ですが、70%は武家地として、14%は寺社地として、そして江戸の人口の半分の50万人をしめた町人は残りの16%に住んでいたとの事です。
この地の古株ランドマーク愛宕山(弊店の背後)からみていきますと…
同山からMORIタワー、愛宕グリーンヒルズそして東京タワー、増上寺の先までの一帯が全て寺社で埋め尽くされ、それに隣接して大名屋敷が、そしてそれを取り囲むように商家を含む町屋が在りました。
当時の街の雰囲気を想像しますと、現代でも交通の要諦である京浜第一国道に近く、愛宕東急インのある愛宕下通りは徳川将軍の増上寺参詣の道であり、武家とそれを顧客とする商家、またそこに係わる職人家が在り、地方から出てきて奉公先を探す人々がたむろし、その為に周辺に飲食店が増えと、とても賑やかであったろう事が想像できます。