
ここは戦いのための街だったのか?
今で言う浜離宮と芝離宮(JR浜松町下車3分)の間の辺りには「大小砲習練場」がありました。芝大神宮(芝神明様)正面の青銅製灯篭に刻まれた寄進者の名や装飾の彫刻は幕末の金工師(きんこうし、刀剣等に彫刻などの細工をする金属彫刻職人)の第一人者、東龍斎清寿の技です。
さて、職人衆についてですが、先に武具と書きましたがそれだけでなく、馬具や駕籠等にも至ります。もう少し細かく見ますと、革、金物、飾り職人、木工、表具師、塗師(漆細工の職人)等多岐にわたる事になります。
そして、この、寺や大名屋敷が多く、一面として戦いのための街でありそれに係わる職人が多かったという街の特性が思いがけぬ方向に変化していきます。